ナシゴレン

日常のもやもやを一言

インドネシア研究入門のおすすめ本 パート1

インドネシアは本当におもしろい。

その広大な国土面積と民族・文化多様性から一言で国の特徴を表すことは不可能である。

最近はこの魅惑のインドネシアを多角的に理解することに時間を投資している。

今回はインドネシア研究にあたって、実際に読んだおすすめの本を紹介したい。

 

1.経済大国インドネシア ‐21世紀の成長条件‐(佐藤百合著)

一冊目は何と言ってもこれ。かの有名なアジア経済研究所の研究者でインドネシア大学(国内トップレベル)の大学院で修士・博士を取得された佐藤百合氏による著書。主にスハルトからユドヨノ政権までを経済成長の観点から分析がなされている。

スハルトの開発独裁政権下において、第一次産品の輸出をメインにある程度の経済成長を成し遂げたのは良いが、安定的な経済成長を達成するためには民主化移行の象徴であるユドヨノ政権が政情を維持し、それぞれの地方の優位性に合わせた「フルセット主義2.0」の開発政策を推進することがカギとなる。

新書なので簡単に読めるかと思ったら内容が素晴らしく充実していた。インドネシアにおける輸入代替工業化政策やオランダ病、人口ボーナス、マクロ経済政策などについても学べるので、開発経済学のケーススタディとしても有益な一冊に思える。できれば、メガワティからジョコウィの経済政策分析を含めた新版が出版されてほしい。

www.kinokuniya.co.jp

 

2.インドネシア農村開発の変容(スマルジャン他著)

スハルト政権時に実施された農村開発プログラム(電力普及、家族計画、識字力向上、米増産等)について、ジャワやスマトラの4つの村をフィールドとして政策評価を行った一冊。各政策をマクロ視点で理論的に分析するのではなく、各村の住民達をインフォーマントとして定性・定量的にプログラムの実態を浮かび上がらせている点が興味深い。

開発政策の立案にもインサイトを与えてくれる一冊である。インドネシアの農村開発に関しては、農村から都市へのアクセス、政治体制、特にアダット(伝統習慣)がプログラムの成功にとって大きな要因となる。この本では、スハルト政権時の中央集権的な体制で行われたプログラムが調査村によっては効果に差が出るため、プロジェクトサイトの地域特有性をしっかりと研究する大切さを改めて学ぶことができた。

www.kinokuniya.co.jp

 

3.小さな民からの発想:顔のない豊かさを問う(村井吉敬著)

村井吉敬さんと言えば、西ジャワに2年間滞在した経験を持ち、住民目線で開発を考える論者として有名である。この復刻版の一冊は小説のように読めるけどもインドネシアにおける生活の中で開発を見つめる小さな切り口を提供してくれる。

日本の村とインドネシアの村の開発の様子を比較しながら、農村開発について考えさせられる。実務的な目線で言えば、なんでも大きな理論に当てはめて低下層を排他的に援助の枠組みから押し出すのではなく、何よりも住民の目線で”豊かさ”を考えることが大切だと改めて感じた。

いまでもGDPが主要な開発指標となっていて、小さな民の意見が反映されにくいからこそ、現場に行き、一緒に生活し、住民達の声をナラティブとして届けるのも経済指標を分析するのと同じくらい大切ではないだろうか。当たり前だけど正規のトレーニングを受けた人たちほど考えが及んでいない。実際にインドネシアに住んだ人の発想は貴重である。 

www.kinokuniya.co.jp

 

4.ODAで沈んだ村

こちらも村井吉敬さんが関わった一冊。○○ネットワークがスマトラで実施されたダム建設事業に対する批判をまとめた内容である。透明性のない実施体制の下、約束を守られず半強制的にダム建設予定地から移動させられた人々の姿が描かれている。

ODAにかなり批判的な内容であったが、納税者として常にクリティカルに政策、実施効果を考えることは大切な姿勢である。当たり前だが、インフラ事業であっても実施体制や現地のポリティクスを考慮する必要性を改めて認識させられた。

因みに「国際協力と想像力(佐藤仁著)」という本にダム建設から長い年月が経った後の評価が書かれていた気がする。時間軸で捉えるとポジティブな考察もあるため、併せて読んでみると良いかも知れない。

www.hmv.co.jp

 

5.消費するインドネシア(倉沢愛子著)

倉沢さんの本は、インドネシアの多様な側面に切り込むのでどれも勉強になる。この一冊はインドネシアの中間層以下の実態を現地調査で浮き彫りにした内容である。インドネシア語でよく使われるGensi(見せかけ)があるため、実際には中間層の購買力を持っていない低下層も耐久消費財やセレブファッションにお金をかけるため、中間層の実態を把握するのは難しいとのことである。

実際にインドネシアに住んでいるときに読んだため、いろいろなインドネシア人に訊いてみたところ、やはり周囲に対して良い暮らしをしていると見せる(Gensi)はステータスでもあるため、時には借金してでも高い服を着たり、最新の家電を購入するのはよくあることらしい。単に経済指標を見るより、一国の特異な文化に起因する要因を知るのは分析に奥深さを与えてくれる。

この本にはほかにもカキリマ(露店商人)の実態についても書かれている。普段はありふれていて普通だと思っていても、開発途上国によくみられる経済体制を知ることができる。アナロジーを適用すれば、他の国でも役に立つ理論が満載の一冊である。

www.keio-up.co.jp

 

6.概説インドネシア経済史(宮本謙介著)

有史から現代までのインドネシア経済を通史で知ることができる。経済史と言いつつも、当時の世界情勢と照らし合わせて記述されているため、歴史の変遷を俯瞰して眺めることができる。古代王国の歴史から始まり、特にオランダ植民地時代に多くのページが割かれているため、蘭領インドの経済政策を学びたい人には最適かもしれない。

自分のテーマとしては、「現代のインドネシア農村の貧困と植民地時代の影響」があったため、当時実施された土地改革、税制、政治体制改革、栽培作物の推移、労働者の移動等について知識を得られたことは良かった。インドネシアで実際に目で見たプランテーションの名残等を思い返しながら、地域、背景と合致する内容を感じ取ることができた。

www.yuhikaku.co.jp

 

7.利権聖域 ‐ロロ・ジョングランの歌声‐ (松村美香著)

学術書ではなく、開発コンサルタントによって書かれた小説。同作者によるモンゴルを舞台にした小説「利権鉱脈」もあるが、どちらもODAについて内部者の視点から学べるので大変勉強になる。インドネシアに関して素晴らしくリサーチされていて、ジョグジャカルタのプランバナン寺院が物語の起点にされているのが幻想的である。タイトルの通り、ODAを巡る”利権”について考えさせられる一冊である。

www.kinokuniya.co.jp

 

8.インドネシアと日本 ‐桐島正也回顧録‐

インドネシアファンなら知っている桐島正也氏。そう、小説「神鷲(ガルーダ)商人」の主人公のモデルとなった人物である。戦後、商社を通じてデヴィ婦人をスカルノ初代大統領の夫人とするために活躍し、その後もインドネシアで数々のビジネスに携わって人物である。本書は倉沢愛子氏が桐島氏に対する聞き取り形式で回顧録として纏めた内容である。現代とは全く様相が異なる時代のインドネシアで活躍した商社マンの半生はとても興味深かった。

www.kinokuniya.co.jp

 

 

他にもたくさんあるので、またの機会に紹介できればと思う。

成長著しく、G20や最大のイスラム人口を抱える国家として、国際社会でのプレゼンスも年々と増している。

身近だけどあまり知らない膨大なポテンシャルを抱くインドネシアに関する知見を深めることは、近い将来必ず役に立つと感じている。

では、また。